発刊によせて Young age Power Middle age Power Senior age Power From TOKYO Power
100 「徳島県出身で成功した人間」と言われたいですね。
村口 和孝さん 日本テクノロジーベンチャーパートナーズ代表 村口 和孝さん
1958年、海部郡海南町生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。1984年、野村証券系ベンチャーキャピタル、日本合同ファイナンス(現ジャフコ)入社。1998年、同社を退社し、独立。
●日本テクノロジーベンチャーパートナーズ
村口さんが無限責任組合員を務める投資事業有限責任組合を中心とするベンチャーキャピタルグループ。個人が無限責任組合員になること、親会社・親機関を持たない独立系であることが従来型と一線を画している。
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●なぜこの仕事を?
 大学で芝居の演出ばっかりやってたんだけど、芝居では食べていけないですから、経済学をちゃんと勉強しようと、図書館に通い詰めて勉強した時期があったんです。勉強すればするほど「共産主義経済は崩壊する」としか思えなくなって「そうなったら、どんな商売をやるのがいいか」ということを真面目に考えたんですよ。その時にゼミの先生から「ベンチャーキャピタリスト(以下VC)」という職業があることを聞いたんです。起業家に出資して0から立ち上げる仕事だというので「これだ!」と思って。

●不安はありませんでしたか?
 大学4年生の時に、VCの本場、シリコンバレーに行ったんです。事前に約束もせず、片っ端からドアノックして質問して回りました。「VCになるには何が必要か?」。すると「human understanding is most important」って言うVCがいたんです。僕が「大学でシェイクスピアを演出していた」と言うと、「that,s it」って言ってくれて。それで不安はなくなって、野村証券系の大手ベンチャーキャピタル、ジャフコ(当時日本合同ファイナンス)に就職したと。

●ジャフコでは素晴らしい実績を上げられていますね。
 他の連中が親会社からの紹介会社の仕事をこなしたりしてるのを、私は「オリジナルで起業家に投資して、株式公開までもっていかないと世界には通用しないんだ」みたいなことを言って、0から掘り起こしていった。だから時間はかかるけど、14年間の会社生活の後半7年ぐらいは、やる仕事がどんどん成功していったんですね。

●なぜ独立を?
 1995年のアメリカのネット企業、ネットスケープの株式公開を目の当たりにして膨らんでいた気持ちに、98年3月のイスラエル訪問で火がついたんですね。日本のVCはサラリーマン制でやってるわけ。アメリカ、イスラエルではプロがフリーでやってる。「これを日本でやらないとダメだな」と思って。イスラエルからの帰りの飛行機の中で、もう会社の名前を考えてました。

●ご苦労も多かったのでは?
 個人がファンドを運営するという形を、当時は「日本では無理だろう」と言われたんです。だけど、日本でやらければ、世界に貢献するどころか、ついていきさえできない。その考えをいろんな経営者に説明して歩いたんです。そうしたら、昔ベンチャーの社長で成功した経営者たちが、すごい理解を示してくれて。今では合計で60億円ぐらいのファンドを運用するまでに成長してきました。

●これからの目標は?
 世界に通用するVC事務所に育てていきたいですね。それから「徳島県出身で成功した人間」と言われたいです。今こうしてるのも、徳島県の海南町で育ったのが良かったのかなあと。ねばり強くやり通す性格はそこで生まれたと思うしね。
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