Signal BASICによる棘波加算平均法の
ソフトウェアの開発     → English


徳島大学医学部脳神経外科
七條文雄、沖 英雄、曽我哲朗、松本圭蔵

<EEG TOPOGRAPHY 1991:pp41-53(発行:東京女子医大麻酔科学教室)> に掲載済み

はじめに

 Gibbsらの報告3)以来、脳波は、てんかんの診断、焦点の局在同定、治療効果の判定など様々な角度からてんかん疾患に利用されており、てんかんの診断治療において必要不可欠の検査法となっている。最近では、棘波の二次元脳電図による研究も始まり4)7)、さらには、発作波の焦点を求めるために双極子追跡法2)5)も利用されている。この二次元脳電図による棘波の表示法は、一般にspike voltage topography (以下SVT)と呼ばれ2)本法により棘波の空間的分布が明瞭に把握できるようになった。しかし、棘波を有する脳波ではしばしば基線の動揺が激しく安定したSVTが得られないことがある。そこで、我々は、加算平均法の応用により背景脳波の影響を受けにくいSVTの記録法 averaged spike voltage topography (averaged SVT)を開発し臨床に応用している。
 今回、このaveraged SVTについて、その原理と若干の臨床例に関し報告する。


対象と方法

1.対象

 てんかん症例において、通常の脳波で棘波もしくは鋭波が観察された症例に対し、本システムでさらに発作波の検討を加えた。

2.方法

1)脳波記録

 脳波は、国際式10-20システムにおける16の部位(Fp1, Fp2, F3, F4, C3, C4, P3, P4, O1, O2, F7, F8, Fz, Pz, T5, T6)に記録電極を設置し、両耳朶の電位の平均値を基準電極とした基準電極導出法にて記録した。また、側頭部に焦点を有し基準電極の活性化が予想される症例においては、平衡型頭部外基準電極9)を基準電極とした。  

2)Averaged SVTの原理と方法

 signal processor 7T18(日本電気三栄)とこれに付随したプログラム言語であるsignal BASICを利用してaveraged SVTと呼んでいるsoftwareを開発した(Fig. 1)。以下にわれわれの開発したsoftwareによるSVTの求め方を紹介する。

Fig. 1: Schematic diagram illustrating the procedure of averaged spike voltage topography (averaged SVT).

 まず、測定中の脳波もしくはdata recorder に記録された脳波をモニターしながら、分析したい発作波が出現した時点でtrigger switchを押す(Fig. 2-A)。この操作により、trigger の入力時点より前後各3秒間すなわち6秒間の脳波データが7T18のメモリー内に一時保存される。一連の保存が終了した後にデータを再生して7T18のCRT画面上で再検討し、加算に適した棘波のみを選択する(Fig. 2-B)。次にカーソルを横に移動して棘波の頂点の時点をtrigger pointに設定した後に加算波形として登録する(Fig. 2-C)。もし、画面上の波形が加算分析に不適当であれば、次の波形画面にスキップする。こうして登録された波形のみを、設定されたtriggerにて加算平均すると非常に安定した発作波の加算平均波形が得られる。こうして得られた結果は、7T18 のCRT画面上にaveraged SVTとして表示され(Fig. 2-D)、画面左には16チャンネルの加算波形が、画面右には経時的な変化がdynamic spike voltage topographyとして表示される。また、この表示に当たっては、bandpass digital filterを適当に設定することにより、徐波成分の影響による基線の動揺をおこすことなく棘波のみの解析をすることも可能である(実例を臨床例で後述)。

Fig. 2 : Representative process for making an averaged spike voltage topography.

A: The EEG recordings around spike discharge (6 seconds) are stored in the memory of 7T18 according to the trigger signals which are switched on manually when the spike discharge is detected during EEG recording.
B: All the data which is thought that the origin of spike is derived from the same source is selected for averaging.
C: The cursor line which indicated the trigger points for averaging is moved at the peak of spike.
D: The averaged data is displayed not only in the pattern of waves but also in the dynamic spike voltage topography.


結果

 代表的な臨床例を呈示する。

 Case 1:20歳 男性 痙攣発作(Fig. 3)

 脳波では右前頭部を中心として棘徐波複合がみられた。averaged SVTでは、加算回数を1回と設定すると、原波形がSVTとして、観察できた(Fig. 3-A)。また、加算平均(8回)をすることにより発作波のみを強調して観察できた(Fig. 3-B)。

Fig. 3: Averaged spike voltage topographies.
Both the raw data (A) and the averaged data (B) are displayed as averaged SVT.


 Case 2:19歳 女性 意識消失発作(Fig. 4)

 通常脳波では、右前頭部中心に小さなspikeがみられた(Fig. 4-A)。Averaged SVT(7回加算)では、spikeが明瞭となるも、bandpass digital filter を広汎にとる(0.5Hz - 250Hz)と棘波前後に基線の動揺がみられdynamic SVTとして、経時的変化を検討する際にその影響がみられた(Fig. 4-B)。この対策としてBandpass digital filterを8-50 Hzに設定すると徐波成分が除かれ、基線の動揺は減少した(Fig. 4-C)。

Fig. 4: EEG and spike voltage topographies.
Small spike discharge is clearly detected by the averaging technique.

A: According to the careful observation of EEG recording, very small spikes (arrows) are detected in the EEG.
B: Small spike discharge is clearly detected by the averaging technique. Though the base line is not stable with wide bandpass digital filter (0.5 - 250 Hz).
C: The special display with selected bandpass digital filter (8-50 Hz) is also possible to distinguish the specific wave form such as spike discharge.

 Case 3:8歳 女児 痙攣発作(Fig. 5)

 通常脳波では多発性焦点が推測された(Fig. 5-A)。Averaged SVTでは、視覚的に類似したspikeのみを選択することにより、右C4、P4、O2、T6優位の棘波群(Fig. 5-B、12回加算)と、左C3、P3優位の棘波群(Fig. 5-C、10回加算)が観察できた。

Fig. 5: EEG and averaged spike voltage topographies.
The independent multiple epileptic foci (A) are also detected as different type of averaged SVT (B,C) by this averaging technique under visual selection of the data which are stored in the memory of 7T18.

 Case 4: 67歳 男性 左皮質下出血術後(Fig. 6)

 左皮質下出血術後3カ月目より月に1回程度の頻度で会話中に言葉がつまる発作がみられている。Averaged SVTでは、棘波が側頭葉後部T5に限局してみられた(Fig. 6-A)。このデータをもとに、ニューロコンピュータを利用して双極子の発生源を推定1)するとFig. 6-Bのごとくなった。これとMRI画像(Fig. 6-C)を照合してみると、棘波の発生源は皮質下出血の瘢痕部前壁近傍に推定できた。

Fig. 6: Averaged spike voltage topography and the dipole tracing for the left posterior temporal spike discharge.

A: A left posterior temporal spike is clearly detected in an averaged SVT.
B: An equivalent dipole of the spike potential is placed in the left posterior temporal region with the neural network method for brain electric source localization.
C: The scar of subcortical hemorrhage is shown in magnetic resonance images (proton weighted images) .


考察

 1) 棘波の加算の意義

 誘発電位のように背景脳波に比しはるかに低い電位活動を捉えるには加算平均法がよく用いられている。これに比し、棘波は、通常の脳波上でも視覚的に認識できるために、その加算によるメリットは誘発電位のものに比し少ない。しかし、棘波自体を解析するには、背景脳波の影響を受けず、基線も安定したものがより理想であり、その意味で我々は加算平均法を採用している。著者らは、加算平均法の応用として、1984年にRolandic spikeのみられた症例において棘波のnegative peak近くの電位をtrigger levelとして設定し、これをtriggerとして棘波を自動認識し加算平均する方法を試みた8)。この方法には、棘波が背景脳波よりも明らかに高電位であること、基線が安定していること、また、棘波が単一焦点から出現していることが必要であったために、特殊な症例にのみ応用が可能であった。
 今回報告した手技では、2重の視覚的なチェックを行うために、棘波の自動認識はできなくなったが、逆に分析したい棘波のみを選択的に加算平均できるようになった。すなわち、棘波が背景脳波よりも低くても、また多発性の焦点であっても、前述のような手技を用いることにより、特定の棘波を選択的に検討ができるようになった。
 こうして得られた加算波形はあくまでも合成波形であるために、その信頼性の確認のためには原波形との相互比較が重要となる。本手技による原波形のSVTは、同様の操作にて、加算回数を1回に設定するのみで簡単に得られる。したがって、原波形と加算波形も容易に照合可能である。

 2)SVTと双極子追跡法

 近年、CT・MRI・SPECT・PETなど種々のデータから脳の解剖学的な異常と機能的な異常が詳細に検討できるようになり、さらには脳内深部電極や、硬膜下電極の進歩、さらには二次元脳電図や脳磁図を利用した電気生理学的検討から、てんかん焦点の双極子追跡法も行われるようになり、てんかん外科の手術も再度見直される傾向にある。
 てんかんの外科的治療においては、てんかん焦点が局在するか否か、単発性か多発性か、脳の器質的疾患部位と相関するか否かが重要となる。したがってSVTの臨床的意義は、てんかん焦点の双極子の部位をいかにそのデータから推定するかが重要となる。したがって、近年さまざまな双極子追跡法が試みられている2)5)。われわれは、ニューロコンピュータの技術を応用して、予め仮想双極子による頭皮上の電位分布をニューロコンピュータに学習さしておき、頭皮上の電位分布パターンから逆に双極子の位置推定をする試みを現在研究中である1)。また、近年脳磁図を利用した双極子追跡法6)も散見されるようになり、今後の研究と応用が期待される。


結論

 本法の特徴として以下の点があげられる。
1) 加算平均することにより背景脳波からの影響をうけることなしに棘波の分析が可能となる。
2) 原波形棘波と加算波形棘波とが相互に比較検討できる。
3) 低電位棘波も加算やbandpass digital filterの設定により分析できる。
4) 多発性焦点の棘波も視覚的選択により検討できる。
5) Dynamic spike voltage topographyとして、経時的・空間的変化を把握した検討ができる。
6) ニューロコンピュータを利用した棘波の双極子追跡法により焦点の部位推定もできる。


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