2002北欧の旅 アルバー・アアルト編 (1/7)

 


アルバー・アアルトについて ///真/// 20020523

 

 今回の旅の目的のひとつは、アアルトの設計した建築を見ることだった。
北欧の旅から戻って、断片的な資料と、地元ガイドの解説などを元に、改めてアルバー・アアルト
というフィンランドの建築家についてまとめてみた。

 


 

■世界の建築史、なかでも近代建築の潮流のなかでアルバー・アアルトが
 どのように評価、位置づけられているか

<<近代建築>>
第1世代 W.グロピウス FLライト ル.コルビユジェ
     ミースファンデルローエ CIAM

第2世代の多様な展開
1)A.アアルト  1898.2.3-1976.5.11 フィンランド中西部タオルタネ生
  人間主義に見る風土と社会への深い配慮・・・ひそやかな合理主義
・MITベッカーハウス1949
・サウナットサロ市民センター1952
・オタニエミ(ヘルシンキ)工科大学1962

2)アメリカンデモクラシー
  楽天と自信と冒険
3)ヨーロッパでのパラダイム

 ※学生時代の山口廣氏(1982当時、日本大学教授)講義のメモから

 



■アルバー・アアルトの建築について
 フィンランドの建築がもつ特徴としては、清潔ですがすがしいなかに、なにか人間味の
 ある点があげられる。
北欧の国、森と湖のフィンランド、気候のきびしいフィンランドにおいて、
やわらかいトップライトに照らされたカフェテリアは、まさにイタリアのピアッツァを連想させる。
 アアルトの平面を見ると左右非対称、平面の凹凸、軸線のずれ、不思議な曲線が、
建築を見ると幻想のひだとなり、不思議に心をうたれる。
平面図において前側と後側の壁面がずれていても、実際の建築では何の関係もない。
視覚的には、平面図は思考のなかに存在しているのであって、壁が建築空間をつくる際は、
前側と後側は視覚的に関係なく、それぞれ独立して感銘を与えてくれるのだ。
その上、それぞれの場所にもっとも適したドアの握手や階段の手すり、照明器具や家具や敷物を、
たとえその空間の後側の空間と矛盾していても、その個人にとっては同時に二つの空間を感じることが
出来ないことを、彼はよく計算しているのである。
必要とあれば、次々と空間をつけ加えていく。
その時代の人のこと(平面のグリッドシステム、モデュロール、スタンダディゼーションなど)
気にせず、彼は空間の魔術をつかった。
*極度に円熟した建築の達人、悪くいえば、壷を心得すぎた職人芸
 ル・コルビュジェは偉大な芸術家であり、すぐれた芸術的洞察力で外側から秩序を整え内部へ
 それを落とし込んでいく彫刻的、マイナス(−)しながら求心的で自己完結的である。
それに対して、アアルトは、内部から秩序を整えて遠心的に、心温まるディテールはプラス(+)
しながらで、いくぶん外部に犠牲が生じたり、心がこもるが、全体構成において最終的に
どのようになっていくのかはっきりしない。自然増殖的であり、あとから増築したのか最初からのかわかりにく。
*アアルトはフィンランドにおいて、シベリウスと共に国民的英雄で、フィンランドという
環境の中で実際の建築を見るほうがはるかに感銘深い建築家である。
 アアルトの建築は戦前の白いスタッコの時代、戦後の1950年代のレンガの時代、1960年以後の大理石の時代というようにも分けられる。
ではなぜレンガなのか
戦後鉄やコンクリートなどの資材がなかった。
彼の魔術師のような造形感覚は、ヨーロッパの伝統的な建築材料を使って、森の中に新鮮な造形をつくりだした。
当時の国際様式の建築家を戸惑わせるような濃厚な自然の匂いが建物の魅力となっている。

*光の扱い、床の高さによる空間の変化
*内部のダイナミックにうねった壁面によって有機的な造形をする
*自由に変化する空間
*彼の自由な空間の典型である、平行な面の全くない自由な形をした建物
*1962白い大理石を初めて外壁に使う

 ※芦原義信の本から(これも学生時代に買ったアアルトの本から要約)

 

掲載写真の無断転載を禁ず 写真:中野真弘