日々のことなど 2001年11月


2000年11月11日 良い日和だ。けんちゃんが、最近よく行っている高知県大豊町の、定福寺に、家内ともども同行しました。池田インターで下りて、国道11号線を、吉野川沿いに走る。道中の大歩危小歩危の紅葉に興味があるからです。残念ながら、少し早かったようです。
 大豊町は、徳島県とは隣り合わせ。まずは梶ヶ森(標高1400m)の山中にある、竜王の滝へ案内してもらいました。定福寺の下を通過してしばらく、国道を離れるやいなや道路の狭いこと。しかも、ずっと上まで民家があるのです。このような所では、空気は美味いかも知れないが、町中の人間には耐えられそうもない。駐車場があって、そこから歩くこと500mで、滝に出くわします。運動不足の身には、厳しい。多分、このあたりで標高1000mくらいでしょうか?紅葉前線のただ中でしょう。瀬の音が、大きく聞こえますが、流れはかなり下の方。突然に、滝に出くわします。

                       

 日本の滝100選に入っているそうです。この程度なら、神山の「雨乞いの滝」や「神通の滝」のほうが、もっと美しい(お国自慢)。道中に紅葉もたくさん生えているし。
 けんちゃんは、下の定福寺からここまで歩いて上がってくるとのこと。この先、500mに奥の院があるのだそうな。また、梶ヶ森の山頂までは、駐車場から2.5Kmと案内板に載っています。我々と似たような世代の人たちが、来ていました。

              

 定福寺の駐車場へ降り立つと、いきなり紅葉が出迎えてくれました。おおいに満足!!

                   

 このお寺は、新四国曼陀羅霊場のひとつです。納経をしていただいている間に、お茶と茶菓子の接待を受け、お土産を頂き、住職さんと少なからずお話をしました。お寺の太子像が、東京のほうの展示会に出品されているとか。地蔵菩薩像の修理が大変だったなどなど。

 午後1時に、豊楽寺(ぶらくじ)の拝観を予約していたので、定福寺を早々に切り上げて、さらに国道を走ります。

            

 豊楽寺薬師堂、平安時代後期の建築で、国宝に指定されています。四国では数少ない国宝の一つです。このお堂の中に、重文の仏像が3体あります。薬師如来、釈迦如来、阿弥陀如来です。そのうちの、釈迦如来が、この建物が建てられた時に、いっしょに作られた物らしくて、本来は、薬師如来であったと考えられているそうです。外陣の壁際に、朽ちかけた、ほとんど朽ちてしまった仏像が数体並べられており、そちらの方に興味がわきました。内陣へは入れないので、重文の仏像を間近に見ることは出来ないのだが、こちらの方は、目の前にありますから。
何の像だったのかとか、配置はどうだったかなど、興味が尽きません。



2001年11月18日 大阪に急用ができて、箕面まで出張しました。予定時間よりも随分早く着いたものだから、箕面公園を勝尾寺で引き返すべくドライブしました。

                

 いやはや何とも表現できないくらいすばらしい紅葉に、圧倒されてしまいました。ただただ、時間が無いものだから、デジカメを取るばかり。まずは山門から。人がいなくなる瞬間を待っていたが、無理でした。

                

 色が出ていなくて、申し訳ないです。実物は、とても美しいです。
           
                       

 本堂です。修理されたばかりなので、丹がまぶしい。本堂の横に、プレハブの納経所があります。これだけが、景観のじゃま。時間があれば良かったのだが、残念。
 この勝尾寺は、西国23番札所、法然上人第五番霊場です。奈良末期の創建で、源平の争乱の折りに焼失したが、源頼朝のより再建されました。現在の建物は、薬師堂が頼朝の、そして本堂と山門が豊臣秀頼によるものです。ご本尊は、十一面観音。
 勝運祈願の寺として有名で、古来、源氏や足利氏などの時代の覇者が、この寺で戦勝祈願をしたそうです。いまでも、スポーツや選挙、商売などの勝ち運成功を祈願しに参拝し、勝だるまを授かります。

 ここに至る道中も、紅葉がすばらしくて、「すごい!すごい!」の連発だったが、車の方も、すごい渋滞だった。途中に滝があり、下からの眺めがすばらしいそうです。なお、この山には猿がいて、ドライブウェーにも出没し、食べ物をねだっています。道路を横断する猿の方に、優先順位があるので、そのための渋滞もあるそうな。



2001年11月24,25日 上の娘が大学4年生。京都の紅葉を見る最後のチャンス(?)とばかりに、満を持して出動。先週、箕面であの紅葉だったから、この日がばっちりと踏んだのです。
 初日は、東福寺から始めました。高速道路の渋滞を見越して、神戸三宮でJRに乗り換えて京都に入る。が、奈良からの下の娘が、近鉄線をしくじって、小一時間ほどロス。奈良からの乗客も多くて、乗れなかったのです。なにせ、京都駅の混雑ブリはすごいものでした。
 タクシーで東福寺に着いたが、運転手さんから、人出が多いので、ある程度までしか行けないと言われたが、多いなどというレベルは通り超して、人人人の波。
 東福寺は早々に切り上げて、以前に行ったときに、もみじの木がたくさん植えられていた泉涌寺に移動。こちらは、あまり人は多くない。紅葉も適当で、いい感じでした。おはぎを頂きながら小休止。上の娘と連絡がとれて、蹴上で合流する事にしました。
 南禅寺の紅葉は盛りを過ぎていて、適当にパス。永観堂に向かいました。
 永観堂も、前回行ったときにもみじの木が多いのを見ていたから、期待していました。こちらもものすごい人でしたが、期待に違わず一面の赤、赤、赤。盛りを過ぎてはいましたが、それでも圧倒されてしまいました。見返り阿弥陀様にも再び会うことができました。
 日が陰ってきましたが、さらに哲学の小道を北上して、法然院へ着いたときには、とっぷりと日が暮れて、むろんお寺は閉まっていて、紅葉を見ることができませんでした。帰り、河原町へ出ようと思ったのですが、大通りの異常な渋滞で、車が全く進んでいない。重い足を引きずりながら歩いたが、それでも車よりは遙かに速い。この日の京都は、大変な混雑だったのです。あきらめて、白梅町へ帰ることにしました。

 二日目は、嵯峨野です。化野念仏寺(あだしのねんぶつじ)から下ることにしました。

               

 朝、早かったので人出もほどほど、無縁仏の石柱群と紅葉の対比がすばらしい。東山の寺院と違って、大きな建物がないから、空の青さや、山の緑をバックにして、紅葉がさえるのですね。
 祇王寺(ぎおうじ)、二尊院、落柿舎(らくししゃ)、最後は清涼寺と回りました。いちばんきれいと思われる常寂光寺は飛ばしてしまいましたが。家族4人で観光してまわるなどと言うことは、今年で最後かも知れない。子供が社会人になると、親の手を放れてしまうだろうから。土産物屋をのぞいたり、お寺の説明をしたりしながら歩く、最高に幸せな時間ではないか!子供にすれば、親の守は疲れるそうだが。

               

 祇王寺の紅葉は盛りを過ぎていましたが、それでも草葺きのお堂とすばらしいコントラストを醸し出していました。ここは手狭だから、たくさん人が来ると、人だけですごい渋滞になります。わずかな時間差で、渋滞に巻き込まれずに済みました。いやはや。
 見物に来ていたご老人の群が、祇王寺についての知識が全くないらしく、「お堂の中に、坊さんと尼さんの仏像が祭られているよ」。思わずそれを聞いて苦笑しました。平家物語の知識が無いのですね。まぁいいか!
 直ぐ隣は、滝口寺です。こちらへは全く人が行っていません。私も入らなかったが、おそらく情景だけと思われます。私が若い頃に感動した、高山樗牛(ちょぎゅう)作の哀しい恋の物語<滝口入道>の舞台となった場所です。案内によると、新田義貞の首塚もあるそうです。
 このあたりは、平安時代から鎌倉室町時代にかけて、たくさんな高貴人が隠棲した場所です。権力から落ちこぼれた人たち。今では、土産物屋が建ち並び、観光客がひっきりなしに往来しています。その昔には、訪れる人さえまれな僻地だったのです。あるいは、都での死人を葬る場所でもあったのです。平家門語や太平記などに登場する、哀しい場所なのです。

 祇王寺の手前に、檀林寺(だんりんじ)があります。小さなお寺です。本堂は近年に修復されたものです。平安時代のはじめ頃、嵯峨天皇の皇后(檀林皇后)が建てられたもです。本堂に続く収蔵庫には、飛鳥時代の夢違観音、運慶作の仏像、邪馬台国の卑弥呼の鏡、雪舟や応挙の絵画、聖武天皇や光明皇后や嵯峨天皇の御真筆などが所狭しと並べられています。どれも国宝クラスのものばかりです。??なぜ??
 
 清涼寺には、有名な清涼寺仏−唐より招来された釈迦如来立像があります。広大な本堂の中央の燦然と輝く厨子に納められています。唐で制作されただけに、お顔は、日本の仏様とは少し違っています。穏やかでふくよかなお顔です。各地にお寺には、これをモデルにしたお釈迦様がまつられています。なお、この仏像の体内には、絹でこしらえた内蔵が納められているのです。外陣には、それ以外の仏像や、仏画が並べられています。
 最近、紀野一義著<名僧列伝>の恵心僧都源信を読んで、いたく感動しました。その中に、源信が描いた山越阿弥陀如来についても触れられていたのですが、それがこの清涼寺にあったのです。縁なんてものは信じたくないけれど、やはりあるのでしょうか?しかし、その巡り合わせにには、やはり感動しないわけにはいけない。
 霊宝館には、阿弥陀三尊が納められていて、良いお顔なのです。最近、なぜか阿弥陀様によく出会っているのですが、その中で最も美しいお顔です。それもそのはずで、源融(みなもとのとおる)が自分をモデルに作らせたもので、しかも、融自身が源氏物語の光源氏のモデルとされているひとだから。

 帰りは京都駅から。時間があったので、女どもはショッピング、私は、駅ビルで催されていた<フランス王家3人の貴婦人の物語展>を見に行きました。ブーシェやフラゴナールに接することができて、これまた幸せ!!



戻る