コーダ;交響曲のページを書き終えて、...

  1.ハンス・ロットの交響曲について追記
  2.交響曲の発生についてさらに考えたこと
  3.ファランクの交響曲
     4.スヴェトラーノフ;交響曲第1番ロ短調
  5.ヴォジーシェク;交響曲ニ長調
     6.ロジェストヴェンスキーのブルックナー交響曲全集
  7.バッハ家の交響曲
  8.エーベルル;交響曲Op33変ホ長調
  9.アダム・フィッシャーによるハイドン交響曲全集


1.ハンス・ロットの交響曲について追記

 はっきり言うと、普通の基準だと駄作と言われてもしかたがない。明快で、あくがない、聞き易いということは、裏返せば内容が浅い、構造が単純なということのなる。
 まず、タイトルを付ければ、トランペット交響曲か。金管交響曲か。あるはトライアングル交響曲か。全体通して、トランペットとトライアングルが鳴りっぱなしている。
 作曲に当たっては、主旋律のみ最後まで通して書き、後から和声づけたのではないだろうか。したがって、メロディーラインが常に一本で、対位旋律が出てこない。そしてそのメロディーは常にトランペットに割り振られている。ロットは、ブルックナーの弟子でありオルガン奏者であったので、トライアングルはオルガンの持続音的表現方法として使っているのでは?ブル9のフィナーレ完成盤で誰の編曲だったか、同じようにトライアングルが鳴りっぱなしていたように思う。
 悲惨なのは木管奏者だ。おいしい旋律がない。実はある。フィナーレの導入部分約十分間に木管サポートのオーボエソロが少し。第1楽章の第2主題も木管群だし、ほかにもあるのだがパッとしない。ブルックナーもその傾向はあるのだが。ロットはひどい。
 音階の使い方にしても、すぐ年下のマーラーだと、何調だか、長調だか短調だかわからないような複雑さなのに、ロットは開放的全音階的で明快である。が、和声付けにちょっと危ない和音もでてきて、私は好きだ。またメロディーも繊細さという点においてマーラーとは比較にもならない。先生のせいか。しかし、若さあふれる生一本なメロディーもいいではないか。
 第1楽章は、ソナタ形式による。トランペットによる息の長いテーマが2度繰り返されて、即転調し、目立たないが、木管群による第2主題となる。展開部は、第1主題のモチーフを主体に行われ、行進曲調にテンポの変化がある。展開部の嵐が収まって、経過部のよう感じで、またしてもひっそりと第2主題が再現され、直後にトランペットの弱奏で第1主題が再現され、金管群により
次第に高揚し、朗々と第1主題が鳴り響いてこの楽章は終わる。
 第3楽章スケルツォは、マーラーの<巨人>を思い出させるメロディが多出する。マーラーはロットの死後、残された作品類を研究したそうである。
 第4楽章は、ブラームスの第1交響曲の終楽章が似ている。年表を見ていて気が付いたのだが、ブラ1の初演が1876年で、ロットの作曲はその2年後だから、知っていたとしてもいいわけだ。もっとも、ブラームス自体、ベートーベンの第9を意識して書いた物のようだが。
 ここで、作曲者の立場も見てみよう。1858−1884で26年の生涯である。短すぎる。また交響曲を書いたのは1878−1880で二十歳そこそこだ。モーツァルトやメンデルスゾーンのような音楽的天才でかつ環境に恵まれたものでなければ、熟したのもは無理だ。しかも作曲傾向が超大曲主義の時代であるから、逆に、すごいのではないか。
 マーラーの巨人は何度も手を入れている。練られた曲になるわけだ。一方、ブルックナーの初稿盤が幅を利かせる時代でもある。もしロットが長生きしていたら、やはり改訂しただろうか。
 私の頭の中では冒頭のトランペットのテーマがこびりついて離れない。(98.5.22記;99.1.3改訂)
 
      ♪♪第1楽章第1主題
       ♪♪第4楽章第1主題



2.交響曲の発生についてさらに考えたこと

 交響曲の始祖を慣例によりサンマルティーニとしたが、最近入手した初期のシンフォニア集(NUOVA ERA)を聴くと、どうもイタリアの演奏家なのでヴィヴァルディでもやっているような感じである。(バロックはほとんど聴かないのでバロック風の演奏はこうであると断言できないのであるが)
 比較のために、J.シュターミッツを聴いてみた。サンマルティーニのものが1720−30年頃であるのに比し、シュターミッツの早い時期のマンハイムシンフォニーは1741−46年頃である。ともに3楽章で書かれているが、第1楽章の構造がシュターミッツのものは2つの主題によるソナタ形式になっている。L.モーツァルトやC.P.E.バッハのJ.シュターミッツとほぼ同じ年であるが、形式的には負けているように思う。シュターミッツはこの後、4楽章制になり標準的な交響曲の原型となる。
 イタリアで誕生した交響曲はドイツ・ボヘミアに根付き発展していくことになる。(以後イタリアでは近代まで交響曲は書かれない)
 すこし時代が下って、J.ハイドンとJ.C.バッハもほぼ同時代だが、前者は最初期以外は4楽章制だが、後者は3楽章制でいっている。ハイドンが進歩的であったのだろうか。演奏にもよるが、曲の響きもハイドンの方がよりモダンな感じがする。
 W.A.モーツァルトは幼いときにJ.C.バッハに教えてもらい、成人してからハイドンと親交を結んでいる。そのせいかどうか彼の交響曲は3楽章制で始まり最後なってに4楽章制で落ち着いている。

 バロック期の名曲を何曲か調べてみると、ヴィヴァルディの有名な<四季>を含むヴァイオリン協奏曲集作品8が出版されたのが1725年。テレマンの<ターフェルムジーク>は1733年刊行。大バッハの組曲第2番が1730年代末頃。ヘンデルの合奏協奏曲集作品6が1739年作曲。サンマルティーニの交響曲が書かれたのは、バロックの真っ最中のことであって、ヴィヴァルディと同じ響きがしてくれなくてはいけないのである。
  
 そうすると、シュターミッツは交響曲で、とんでもなく真新しいことをやっていたといえる。古典派の時代の夜明けだ。
 そうなると、バロック音楽はいつ絶滅したのだろう?(98.9.20記)



3.ファランクの交響曲

 ルイーズ・ファランク(ファランとも記してある。どのように発音するかはフランス語ができないので解らない。1804−1875)
女性で最初の交響曲作家と思われる。CPOから全3曲発売されるようである。1&3番は発売済み。
 19世紀を通じて、声楽部門をのぞくとただ一人の女性教授で、フランスにおいては重要な器楽作曲家である。にもかかわらず最近まで、日が当たらなかった。室内楽が少しい知られているだけである。
 曲のほうは、最初聞いたとき、メンデルスゾーンかなと思ったが、シューマンのような気もした。年表を見ていただくと解るが、ちょうどラップする。短調で書かれているにも係わらず、深刻でも、激情的でもなく、耳障りなところが無いのでずいぶんと聞き易かった。
 形式的には古典派の模範のように書かれている。ライヒャに付いていたので、よく教えてもらったのだろう。2管編成からトランペットを外しているようだが、木管の出番がとても多くて彩りが鮮やかでたのしい(パート譜をもらったら、ヴァイオリンと同じくらいのページ数があるだろう)。管弦楽法に関しては、シューマンに比べると遙かに勝っている。ただ内容の深みは全く及ばないが。
 
 女性作曲家の作品が最近はかなり出てきたようです。クララ・シューマンやビーチ婦人などは以前から少しはあったが、ファニー・メンデルスゾーン、アルマ・マーラー、シャミナード、ブーランジェなどと、にぎやかになってきています。(98.9.20)
 



 4.スヴェトラーノフ;交響曲第1番ロ短調 Op13(1956)

              若かりし頃のスヴェトラーノフ、最近のスタイルからは想像が・・・

 バークシャーレコードのカタログを見ていてスヴェトラーノフ自作自演のCDを見つけた。かのスヴェトラーノフが、作曲をするなんて思ってもいなかったものだから、破格値(1.99$)だったので、まあいいかと買ってしまった。ジャケットに本人の若かりし頃がのってたので納得。
 何年か前に、はるばる徳島の地までスヴェトラーノフがロシア国立響を率いて来たことがあった。その折りの演奏に、たぶん手抜きはしていただろうが、度肝を抜かれてしまって、いっぺんに好きになってしまったし、ロシアの音楽にも目を向けるようになった。金管群が、特にトランペットがものすごい音量だったことが、特に印象に残っている。
 交響曲であるが、作曲年が新しいにもかかわらず、結構古いスタイルで書かれている。現代のロシア音楽というと、ストラビンスキーやショスタコヴィッチのように、打楽器群によるリズムを前面に出した音づくりだが、スヴェトラノフはそうではなく、メロディで勝負しようとしている。保守的といえるかもしれない。チャイコフスキーやアレンスキーに続くようにだ。そのメロディも、結構わかりやすくて好ましいが、平板すぎるといえなくもない。耳障りのない曲にしあがっている。
 ヴァイオリンとオーケストラのためのポエム(1975)が、イゴール・オイストラフのヴァイオリンで同梱されているが、これもわかりやすいメロディで書かれていて聞き易かった。が、やはり、ショーソンには勝てないかな。
 
 指揮者が作曲をしている例が結構あって、フルトヴェングラーは「指揮するよりも、作曲に価値を見いだす」と言ったらしい。
  フルトヴェングラー 交響曲3曲あまり。ピアノ協奏曲。等
  ワルター ヴァイオリンソナタ
  ドラティ 交響曲
  バーンスタイン 交響曲をはじめ、ミュージカルなどいろいろ
  ブーレーズ 聞きたくない
  外山雄三 いろいろ
などが、CDででている。(98.12.16)


 5.ヴォジーシェク(1791−1825);交響曲ニ長調(ARTE NOVA)

 ウィーンで活躍したボヘミア出身の作曲家。ベートーベン、モシュレス、フンメルなどと親好を結ぶ。交響曲はこの曲のみ。初演はまあまあだったが、その後沈没して現在に至る。長生きしていれば、もう少し売れていたかもしれない。
 曲は一口に言うとシューベルトの前半のものに似ているか。ベートーベンのような厳しさはない。                            
 年表2の中で、ベートーベンの交響曲群の間にどれくらい他者の交響曲が入り込むか?そしてシューマンにどのようにつながるか。ベートーベンの時代にはどんな交響曲が聞かれていたのだろうか。ハイドンは当然であろうが、いろんな場所やいろんな時に、旧作ばかりでは、ちょっと寂しい。新作が望まれたであろうし、それも、駄作ではだめだ。ベートーベンの交響曲が真に認められたのは死後のことであるから、ハイドンレベルの曲が好まれたであろうと思うが、CDではなかなか見つからない。

 ベートーベンは、交響曲はハイドンより出発し独自の物を創り出した。モーツァルトからでは決してない。(ただしコンチェルトはモーツァルトから多くを学んでいる。ハイドンからではない)
 シューベルトは、後期の作品はベートーベンからの影響がありありだ。ただしそのとりとめようのない長さは、彼独自の物で、それはブルックナーに受け継がれていると思う。
 ブラームスの交響曲がベートーベンの子分であることは衆知のことである。
 シュポアはモーツァルト流の書きとばしタイプ。
 メンデルスゾーンやシューマンはどんな曲を手本にしたのだろう。ベートーベンやシューベルトとは直接繋がっていないように思える。それらの間にはミッシングリンクがあるのではないか。(99.1.3記;1.4改訂)



6.ロジェストヴェンスキーのブルックナー交響曲全集

 すごいCDが出てきたものだ。第1に収録された曲数。列記すると、
     交響曲ヘ短調(1863 原典版) 第00版と呼ばれることもある      52:02
     交響曲 第0番ニ短調(1869 原典版)                    45:02
     交響曲 第1番ハ短調(1866 第1稿:リンツ稿)              52:43
     交響曲 第1番ハ短調(1890−1891 第2稿:ウィーン稿)        50:15
     交響曲 第2番ハ短調(1877 第2稿)                    61:38
     交響曲 第3番ニ短調(1873 第1稿)                     72:26
     交響曲 第3番ニ短調より第2楽章「アダージョ」(1876稿)         18:20
     交響曲 第3番ニ短調(1877 第2稿/エーザー版)              62:43
     交響曲 第3番ニ短調(1889 第3稿)                     59:21 
     交響曲 第4番変ホ長調(1874 第1稿)                    76:26
     交響曲 第4番変ホ長調よりフィナーレ(1878稿)               19:21 
     交響曲 第4番変ホ長調(1878−80 第2稿/ノヴァーク版)        69:41
     交響曲 第4番変ホ長調(レーヴェ改訂版に基づくマーラー改訂稿)     49:44
     交響曲 第5番変ロ長調(原典版)                        78:02
     交響曲 第6番イ長調(原典版)                          56:24 
     交響曲 第7番ホ長調(原典版/ハース版)                   64:21
     交響曲 第8番ハ短調(1890 第2稿/ハース版)               84:38 
     交響曲 第9番ニ短調(原典版)                          58:13
     交響曲 第9番ニ短調よりフィナーレ(サマーレ&マッツーカによる復元版) 25:29

                            

 以上が、16枚のCDに納められている。彼のために組織された、ソビエト国立文化省交響楽団ととも似、84年から88年かけて録音されたものであるが、ソビエト連邦の崩壊により、当初の意図どうりには完成されなかった。たとえば、第8番の第1稿が欠けているなど。さらに、現在の感覚で行くならば、ノヴァーク版第○稿の連続になるはずであろう。また、第2番なども、キャラガン校訂の1872年版&1873年版がアイヒホルンの指揮で出たりもしている。とはいうものの、第4番のマーラー改訂稿などは、めったにお目にかかれない代物と思う。
 演奏についてであるが、従来から聞いているブルックナーから想像すると、このCDは、まったくといっていいほど異質である。咆哮するブラスという表現がぴったしかんかん、木管も鮮明で、ティンパニもドンドン鳴らしてくれる。ジョン・ウィリアムズを聴いているような錯覚さえ覚える。ブルックナー特有の、のほほんとした表現にはさよならだ。ロシア風というか、なんというか、とにかくハデな演奏である。たとえば、第7番の第2楽章、ワーグナーの死を悼んで書かれており、荘重な音楽であるべきなのに、やたらにぎやかで、お祭り騒ぎとは言わないまでも・・・。
 同じ演奏者による、ショスタコ全集も聴いているが、ここまで派手にはやっていないのに、この違いは何なのだろう。お国柄による表現方の差か?他のロシアの指揮者の演奏を聴いていないので何とも言えないが。



7.バッハ家の交響曲

 バッハというと、当然のごとく、バロックの巨匠大バッハ、ヨハン・セバスチャンを思い浮かべる。ただし彼の作品目録(BWV)には交響曲/シンフォニアはない。バッハの小品集などには、確かにシンフォニアが入っている場合があるが、あれはクリスマスオラトリオBWV244に含まれる曲であって、独立した交響曲などでは決してない。
 セバスチャンには、音楽家になった子どもが4人いた。そして、作曲家のリスト初期の交響曲を見てもらえるとすぐにわかるが、彼等はすべて、前古典派に属し、交響曲の黎明期をになったのである。モーツァルトの親父やシュターミッツの親父殿とはほとんど変わらない場所に位置していることがわかるだろう。

               
 
 長男ウィルヘルム・フリーデマン(1710−84)はセバスチャンがもっとも期待をかけた子であり、チェンバロの教授のために、インヴェンションとシンフォニアBWV772−801その他を、作曲までしているほどである。そして才能も十分あったようだ。ドレスデンやハレでオルガニストを勤め、<ハレのバッハ>と呼ばれる。作品を聞くと、例えばFalck67は「不協和音」とニックネームが付いた曲なのだが、バッロクの持つのどやかさは稀薄で、古典派の息吹が感じられる。CDは多くはないと思われる。ヘンヒェン/C.P.E.バッハ室内管弦楽団(BERLIN Classics)のCDに何曲か入っている。

 次男が、カール・フィリップ・エマニュエル(1714−88)である。1740年よりフリードリッヒ大王の宮廷音楽家兼チェンバロ奏者。67年より、それまでテレマンが就任していたハンブルグ教会総監督に補任される。生前の名声は大きく、バッハと言えばエマニュエルを指していた。他のバッハと区別するために、<ベルリンのバッハ>とか<ハンブルグのバッハ>と呼ばれる。シンフォニーは、メインのジャンルではなく、多くは作曲していない。リズミックな躍動感のある作風は、バロック時代のものとは明らかにちがっている。ハンブルグシンフォニーなどは有名なだけに、CDは数多く出ている。近頃は、ヘンヒェンがお気に入りなので、彼の録音で大半はそろえているつもり。

 五男のヨハン・クリストフ・フリードリッヒ(1732−95)は兄弟の中では、わりと知られていない。CDも余り見かけない。ビュッケブルク宮廷音楽家であったために、<ビュッケブルクのバッハ>と呼ばれる。古典派様式の器楽曲を多数作曲しているようだ。交響曲は20曲ほど書いているようだが、現在残っているのは7曲で、他は紛失してしまっている。
 1番から3番が1768年、4番が1769年、6番が1770年、10番が1770〜72年、最後の20番が1794年の作曲である。作曲年は、数量は異なるが、ハイドンの交響曲とぴったり重なる。10番までは3楽章構成で、演奏時間も、10〜15分程度。
 20番が4楽章構成で、第1楽章序奏付きのアレグロ、第2楽章アンダンテ、第3楽章メヌエット、フィナーレはアレグロのロンドである。この構成は、古典派の教科書通りで演奏時間も23分程度。作曲された1794年というと、ハイドンは最後の100番台を書いており、まさに比較するのにはちょうど良い。クラリネットを含む完全2管編成で管楽器の活躍度合いが多くて好ましい。明るくて、割と聞き良いから、もう少し有名になっても良いのではないか?KOCHからミュラー=ブリール/ケルン室内管弦楽団で7曲全部入ったのが出ている。他にもあるようだ。

 末っ子がヨハン・クリスチャン(1735−82)。モーツァルトとの関係で、良く知られている。かなりな数の交響曲があるが、どの曲もモーツァルトによく似た雰囲気を持っている。クリスチャンが先生で、モーツァルトが弟子だから、それもそのはず。
 我がコレクションのなかに、フィリップスWシリーズでクリスチャンの曲集があり、これを書いていて思いっきり気が付いたのだが、ジンマン先生がオランダ室内管弦楽団で演奏しているのだ。近頃、ベートーベンのベーレンラーター版で世をわかせた御仁だ。74から76年の録音で、すっきりした演奏だ。ベートーベンのほうは、とてもついてゆけず、知り合いの高校生(今は大学生)に無期限貸し出ししてしまって、今は手元にない。

 余談だが、セバスチャンには孫になる音楽家もいる。5男の息子で、ウィルヘルム・フリードリッヒ・エルンスト(1759−1845)。プロイセンの宮廷に使え、器楽曲や教会音楽を古典派の作風で作曲している。年齢的にも、シューマンやメンデルスゾーンらと、つき合いがあったようだ。バロックの大家の孫は、古典派を通り越してロマン派のばりばりな連中とつき合いをしていた!?



8.エーベルル;交響曲Op33変ホ長調

 ベートーベンの「エロイカ」と同じ時期に、作曲された交響曲が出てきた。作曲者のエーベルル(1765−1807)は、モーツァルトと関係があった人のように、解説に書いてあります。
 初期の作品である、ハ長調w.o.n.7(1785)は、三楽章制を取っており、聴いた感じでは、モーツァルトの交響曲と非常に似ています。ハフナー交響曲と旋律が似ているので、更にその思いが強い。ただし、第1楽章は、Allegro con brioとなっており、ベートーベンによく見られる表示記号になっているところが、新しい時代の作曲家なのでしょう?
 作曲者が20歳の作品です。ベートーベンが交響曲第1番を書いたのが30歳だから、わりと良く書けていると言うべきでしょう。
 
                            

 早すぎる晩年の作品が、Op33です。演奏時間は、約30分。
 第1楽章は、モーツァルトに比べると、緊張度があり、短調への移行性が強い。テーマも、弦と管の対話による短いモチーフで構成されており、何回か繰り返して提示されています。テーマの主張には良いと思います。クラリネットで提示される第2主題は、息の長い歌謡的な旋律ですが、すぐに第1主題が追いかけてきます。展開部は、エロイカには比べるべと、ずいぶんと短いです。
 第2楽章は、葬送行進曲風な短調で始まりますが、やがて木管の平安な旋律に変わります。これらの2つのテーマは変形されてもう一度繰り返されて、あっけなく終わります。
 第3楽章は、メヌエットアレグレットで、ベートーベンの初期のそれを踏襲しているようだ。ただ、この楽章にも、短調の和音がちょくちょく顔を出して、緊張感があります。
 フィナーレは、ソナタ形式で、軽やかさと、迫力の両方を備えています。
 作曲された当時は、エロイカよりも人気があったようですが、今の我々から見ると、平凡な気がしなくもありませんね。(2001.4.5)



9.アダム・フィッシャーによるハイドン交響曲全集

 33枚のCDを、本日聞き終えるまでに約20日。自分のペーストしてはかかりすぎ。と言うのも、スコアを見たり、繰り返して聴いたりしたから、ある程度は吸収できたつもりです。
 現在入手可能なハイドンの交響曲全集は、このフッシャーとドラティだけのはず。後者はLPのときに入手しているから、聞き比べは少し困難。ステレオを置いてある部屋に移動しなければならない。その点、CDってのはどこででも聞くことが可能。話は変わるが、今日の新聞に、新しいメディアのことが掲載されていた。500円玉程度の円盤に、5メガの情報が入って、音楽もそちらに移行するらしい。場所を取らないから便利?ハイドン全集は、4枚に収まる計算になる。どこに何が入っているか、目で見てわかるのだろうか???

                           
 
 フィッシャーの全集には、107曲の交響曲が含まれています。正規の104曲(ホーボーケン番号Hob.T:1から104)のほかに、交響曲A(Hob.T:107)、交響曲B(Hob.T:108)、協奏交響曲(Hob.T:105)。ドラティには収められていた異稿は含まれていません。ちなみに106はニ長調のアレグロのみが現存し、オペラの序曲であったとか。

 先日LPを整理したのだが、ハイドンの交響曲って、以外に少なかった。フルトヴェングラーやワルターなどの大指揮者のが少々。コレギウムアウレウムが少々。たぶんこれでほとんどのはず。CDにしてもにたりよったりなのが現状。だからハイドンの名演というのにはほとんどお目にかかっていないと思う。自分では好きなつもりなのだが。だから、コリンデービスのロンドンセットがお気に入りだったり、先日ブックオフで拾ったヨッフムに感動したりするのだ。
 
 フィッシャーの演奏は、若い指揮者-1949年生まれで、録音したのは40歳前後-あるだけに、70番台までは無敵で通用すると思う。元気いっぱいの演奏は、私は好きです。しかし、パリセット以降は、ハイドンの筆も老獪になっているし、百戦練磨の指揮者が五万といる状況では、やはり分が悪い。
 いずれにしても、ハイドンの交響曲の最後の20曲程度しか聴いたこと無い人には、ハイドンの成長過程と交響曲の進化過程を知る上にも、是非聞いてもらいたいものです。なんたって、1万円ぽっきりですから。          (02.04.29)



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