奈良町第2次探検記


 4月28日、またしても奈良町を探検する機会が訪れました。
 出発は、午後5時。時間的には遅いが、贅沢は言っていられない。急遽、出動することになりました。

 まずは、餅飯殿商店街の出口から侵攻。入り口には、フルートを吹く少女と鹿の像があります。「フルシカ」地点と命名します。進入そうそう、和菓子屋さんがあります。

        

 中央の水を張った樽には、ワラビ餅が入っていて、上から落ちてくる滴の波紋越しに、いかにも涼しそうです。そして、甘党は、ついつい立ち止まってしまいます。横に生けられた花との調和が良いですね。(結局、今回の土産の大半は、このお店で調達する事になりました)

        

 女子供に興味がありそうな小物のお店。カメラが下手だから、色合いが出ていません、ごめんなさい。とりどりの色の調和が、何とも言えません。大手の土産物屋と同じ物だとは思うのですが、専門的に揃えているから、心そそられます。

                              

 喫茶店ですね。甘茶屋の看板が出ています。時間が許せば、立ち寄るべきでしょうが、毎回、時間的にやばいのが残念です。

         

 ならどっとFMの看板が出ています。折しも中では、お兄さんとお姉さんがマイクに向かっていました。放送内容は??この直ぐ横に小塔院への入り口があります。第1次の時には、この道は通っていなかったのです。縦横に歩いたつもりなのですが、まだまだ未熟なことがわかりました。地図を片手の、熟年夫婦の探検隊は、無事クリアしているのでしょうか?歩くほどに面白そうな場所です、奈良町は。

         

 十輪院を通り過ぎて、南に向かうべき所を、まっすぐ東に向かってしまいました。奈良町をはずれたとたんに、民家の建物の様式ががらりと変わります。奈良町の家々は、格子と土壁の昔風の家です。最近建てられたような家でさえもそうです。統一されているようですね。それが、町をはずれたとたんに、おなじみの、洋風だか和風だかわからない新建築の家々に変わります。風情が無いというか。
 どれだけ歩いたかはわからないけれど、頭塔を過ぎてしばらく行くと、朽ちかけた土塀なぞが出てきて、行き着いたところが、文豪志賀直哉が住んでいたところです。地図ナシのぶらり歩きだから、自分の位置がよくわかりません。
 この土塀のなかには、しゃれた喫茶店がありました。探検隊1名だけでは、気恥ずかしくて入れないし・・。

          

 志賀宅からほどなく、鹿の姿を見ながら、右折して坂を上るとすぐ、新薬師寺の看板が見えました。ずいぶん遠くまで来たものだ。自分の頭に描いている地図では、かなり遠いはずですから。
 去年、けんちゃんと訪れたときには、タクシーで乗り付け、十二神将を拝むことに重点を置いていたから、周りの風景なぞは全く目に入っていなかった。今日は、時間が遅いので閉門されているが、周囲を巡るだけでも、神々しい雰囲気は十分に得られます。

 やばい!集合時間に帰り着けないかも知れない。かなり遠くへ来ているはずです。

                    

 夕日が目に痛い。急がなくては。
 途中に、天神社があって、そこの掲示板によると、このあたりの丘陵地帯は「奈良の飛鳥」という聖地であったそうです。奈良時代になったときに、明日香から神々が引っ越してきたのでしょうか?この神社からは、頭塔などの、先ほど通ってきたあたりが遠望できます。

           

 浮御堂を過ぎたあたり。もうすぐに日が暮れてしまう。人影はほとんど無い。鹿がのんびりと草を食んでいます。鹿って、鳴くのですね。大きな声で。「・・鳴く鹿の、声聞くときぞ・・」なんて歌が、百人一首にありましたが、この年になってやっと実感しました。夕暮れは寂しいものです。



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