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2006年3月25日植林ツアーに参加 WildCraft
その@

(写真1)

(写真2)

(写真3)

■植林ツアーに参加。その1
今年も例年通り春の植林ツアーに参加してきました。ツアーの日程は3月25日(土)にTSモデルハウスや製材所を見学。26日(日)に実際に山に入り植林体験です。

植林ツアーでは植林の体験はもちろんのこと、ワイルドクラフトで使用している木材、TSウッドハウス協同組合のつくる木材がどこでどのようにして生まれ育っているのかを、見ていただくことを目的に毎年春に開催しています。今回はウェイズショップのみなさんにもご参加いただいて杉とケヤキの苗を植えてきました。

ウェイズショップはこんなお店です。
社会にやさしい生活雑貨店 WAYS SHOP ワイルドクラフトの家具も販売しています。
ウェイズショップ

ツアー参加者は貸し切りバスに乗って神戸からやって来ます。わたしはTSモデルハウスで参加者と合流することになっています。

午後2時過ぎにバスがやってきました。ここで参加者のみなさんと合流。ウェイズショップのメンバーは「てんちょう」竹田さんを筆頭に5名が参加してくれました。今年のツアーはおもしろくなりそうです。

モデルハウスではワイルドクラフト製のテーブルやチェア、子ども家具などが置いてあります。木の表情、肌ざわり、そして香りについて説明させていただきました。

TSモデルハウスを後にして、那賀川下流域にある佐々木さんの製材所と三枝さんの製材所を見て回ります。

清流那賀川の最上流にあるのが木頭林業地帯。そして那賀川下流域にいくつもの製材所が点在します。

昔は山奥から杉丸太を町まで運ぶことはとても困難なことでした(今でも困難)。そこで、切り出された木を運ぶ手段として「木頭杉一本乗り」という方法が生み出されたといわれています。人が杉丸太に乗って川を下り町まで運んだそうです。杉丸太一本乗りは町の行事として今でもその技術は継承されています。
詳しくは那賀町ホームページ 観光スポット

那賀川の土手にバスを止めて佐々木さんの製材所に入っていきます。積んである丸太はどれも樹齢60年以上のものばかり。(写真1)中には80年を超える大木もあります。

佐々木さんのところでは主に床材「こもれび」を製造しています。製材所のあちこちで丸太から板に挽いて桟積み乾燥しています(写真2)。桟積み乾燥とは風通しをよくするために、木材間に桟をはさみ積み上げて乾燥させる方法です。十分に乾燥された板は本実加工されて「こもれび」となって出荷していきます。

なぜ樹齢60年以上の木を使うのか?それには理由があります。
丈夫で長持ちする家や家具をつくるためには十分に成長した木を使うことが重要なのです。

杉は木目がはっきりしていて、やわからい部分と堅い部分の差が激しい素材。重量は軽く辺材(樹皮に近く白い)と心材(淡い赤から黒褐色)の差がはっきりしています。

伐採した切り株を見ると中心部が赤く、周辺が白くなっていて、赤い部分が心材、白い部分が辺材。辺材は常に樹皮から約20年の部分にあたります(写真3)。つまり樹齢40年の木は心材部分が約20年、辺材部分が約20年なので全体に白っぽい印象を受けます。樹齢60年以上の木は心材部分が約40年と赤みがちな感じになり、年数を積み重ねるごとに赤い部分が多くなっていくわけです。
詳しくは府中家具工業協同組合 ホームページ 木材の基礎知識

辺材(白い部分)は栄養を蓄える働きがあり、水分と養分が多く変色したり腐りやすい特性があるので「ものづくり」には適しません。また、心材(赤い部分)はすべての細胞が死んで固定化した部分なので腐りにくく虫がつきにくいのです。したがって「ものづくり」をするときはできるだけ心材部分を使うべきなのです。しかし、心材部分であっても随と呼ばれる中心部分は未成熟な部分なので、使用目的によっては使わない方が良い部分です。

つまり、40年生の杉を例にして説明すると、辺材部分と随と呼ばれる部分を取り去ってしまった場合、ほとんど使える部分が無くなってしまうということです。

私たちが町の材木店で見かける杉材は樹齢40〜50年程度のものがほとんどで、60年生以上のものを見る機会は少ないです。年数が経てば経つほど台風などで倒れたりするリスクが多くなるので、利益を最優先した林業経営から考えると早いうちに切って出荷したいと考えるようです。

コスト意識も大切だと思いますが、林業家も材木商も住宅メーカーも自分たちの目先の都合で安い素材、安い素材と、そっちの方向に走っているような印象を受けます。そんなことが素材の価値を落としてしまっていることに気づいて欲しいです。

森を守るという視点から考えたとき、間伐材を積極的に使っていくことは大事なことです。ワイルドクラフトでも以前は間伐材を使っていたこともあったのですが、どうしても辺材(白い部分)の多い間伐材から価値のある製品を創り出すことができなかったのです。今ではTSウッドハウス製「葉枯らし乾燥」60年生以上の素材のみを使用しています。

 
 そのA

(写真1)

(写真2)

■植林ツアーに参加。その2

佐々木さんの製材所から那賀川の土手を西に向かって5分ほどで、TSメンバー三枝さんの製材所です。ここでは10メートルを超える梁材を見学することになっています。

製材所の入り口付近に10メートル級が横たわっていました。継ぎ目のない一本ものです。
こんな長尺材でログハウス(角ログ)でもつくりたいなと思いました。

単純計算で10メートル×10メートル、すなわち継ぎ目無しで100平方メートルの空間がつくれる計算になります。長尺材を見ていると、だんだんスケールの大きなイメージが湧いてきます。

実際ログハウスを建てるときは丸太組構法技術基準というものがあって、いろいろと規制されています。なので100平方メートルのワンルームをつくることは難しいのですが、それにしても想像するだけでワクワクします。

ちょっとはなしは変わりますが、阿波人形浄瑠璃の発信拠点として、徳島県では阿波十郎兵衛屋敷の改修工事を進めています。4月1日オープンの予定なので、この日記が掲載される頃は芝居劇場が新設されています。
阿波十郎兵衛屋敷のホームページ

その芝居劇場の梁にTSの長尺材が使われているのです(写真1)。幅45センチ、厚さが30センチ、なんと長さが11メートルの梁が使われているということです。三枝さんの山からとびっきり大きな木を切ってきたそうです。どうやって運んできたかは定かではありませんが。

そして、その芝居劇場で使われた梁の切り株がワイルドクラフトの工房に置いてあります(写真2)。直径約110センチ、100年以上の木頭杉です。

これは阿波十郎兵衛屋敷にTSウッドハウス協同組合が寄贈するためにとっておいた切り株で、芝居劇場がオープンするまでにワイルドクラフトがテーブルに仕上げることになっています。観光客をアッと言わせるようなテーブルにしたいと、徳島にはこんなに素晴らしい杉があるということを伝えられるようなテーブルにしたいと、創作意欲がわいてきているところです。

※完成した無垢テーブルの写真が無垢テーブルギャラリーにあります。ギャラリーはこちら

 

 
 そのB

オープンカーで移動

樹齢96年の切り株

杉の苗

■植林ツアーに参加。その3
製材所のあった那賀川下流域から上流を目指して、バスはどんどん山奥へと入っていきます。
そして、まだ日も沈まないうちに宿泊地、農村レストラン 「いずりは」に到着しました。
宿泊地はこんなところでした。↓↓

農村レストラン いずりは (コテージみやこわすれ)

「いずりは」ではイノシシ鍋を突きながら、木のはなし、山のはなしで盛り上がりました。夜中の1時過ぎまでツアー参加者のみなさんと酒を飲んでいました。

3月26日(日)今日は植林体験の日です。ところが、朝起きたときから頭がズンズンしています。昨夜はちょっと飲みすぎたようで、ウェイズてんちょう竹田さんのペースに巻き込まれたのが敗因でした。体調を整えるために朝の散歩に出かけることにしました。外は天気も良く日差しが気持ちよかったです。

朝日を浴びると体調が良くなる。というようなはなしを知っていますか?そんなはなしが最近のウェイズショップ通信に載っていました。そのことを思い出したので、試してみようと外に出てみたのです。おかげさまで、からだがシャキッとしてきました。

朝食を済ませ、宿のおじちゃんとおばちゃんに見送られてTS亀井さんの山、植林現場に向かっていくのでした。

山道は狭く、バスは途中までしか入れません。ツアー参加者は目的地まで亀井さんのトラックの荷台に乗って敷地内を移動しました。オープンカーでの移動は山の空気とか匂いとかを肌で感じることができたみたいで、都会の人たちは大喜。

途中で「葉枯らし乾燥」真っ最中の倒木を見せてもらいました。樹齢96年の切り株を見ると白い部分(辺材)はほんの少しだけ、ほとんどが赤い部分(心材)です。こんな木で家をつくるんですから丈夫で長持ちするわけです。

またまたオープンカーで移動。植林体験の現場に到着しました。今回はケヤキと杉を植えます。最近は杉だけ植えるのではなくて、広葉樹も一緒に植えます。

今の日本の山を覆っているのは戦後に植林された杉です。私たち人間の都合でわずか50年足らずのうちに山は急激に変貌してしまったのです。なので昔のような健全な雑木林を取り戻そうと、杉を伐採した跡地には広葉樹も積極的に植えています。

今、日本の山は深刻な問題をいくつも抱えています。日本の山で何が起きているのか?
わたしの個人的な意見など、またの機会に書いてみようと思っています。

亀井さん宅の裏側にある急斜面を苗とクワを持って登っていきます。植林に適した場所を見つけると、そこにクワで穴を掘り、一本一本思いを込めて植えていきます。30本くらい植えたでしょうか。

この苗たちは青空めざしてまっすぐにのびてくれるでしょうか?台風にも負けないで強く大きく成長してくれるでしょうか?そんなことを想像しながら植えていきました。家の材として使えるようになるまで杉は60年。ケヤキは生長が遅いので100年以上かかると思います。

 
そのC

植林現場

スキー場の上級者コースのような急斜面

山で食事

■植林ツアーに参加。その4 

春のやわらかい日差しの中、急斜面の現場を動き回って汗びっしょり。用意してあった苗を植え終わって時間を見ると、お昼を少し回っていた。

そろそろ山の風景を見ながら食事タイム。道具をかたづけて斜面を降りるとカレーの匂いがした。豚汁とおにぎりが定番メニューなのだが、今回はマレーシア風のカレーをご馳走してもらえるようだ。

徳島大学に留学中の女の子が亀井さんの山にきていて、ツアー参加者のために母国マレーシア風カレーを作ってくれた。

これがまた美味しくて、あっという間に二杯を完食。その横でウェイズの竹田さんと阿川さんは三杯目に挑戦中!しかも大盛りだったような?

お腹もいっぱいになり、あらためて山の風景を見る。そこは木頭林業地帯。ずーっと遠くの山まで杉の林が続いている。春の杉林を眼下に見ながら、話題は杉花粉のはなしへと発展していった。

まず最初に竹田さんが切り出した。花粉症の発生率が多い職業は何だと思いますか?
実はね、OLなんですよ。最近のOLは食生活が乱れている上に、ダイエットなどで栄養バランスが悪い傾向にあるらしいんです?で、免疫力が低下すると花粉症になりやすいんです。現代人の免疫力低下も花粉症を引き起こす原因なんだろう?とみんなで納得。

今度はTSの三浦さん理論。杉の木の立場からすると自由にのびのびと成長したい。杉の木を利用する人間の立場からすると高く売れるフシの少ない材に育てたい。このギャップが杉の木たちにストレスを与えることになる。人間はフシの無い材が欲しくて枝払いをする。枝を切られ傷ついた杉たちは強いストレスと同時に危機感を感じる。生命体は種の生存に関わる危機に直面したとき、その時に自分のDNAを残そうと必死になる。そして通常では考えられない量の花粉を飛ばす。

三浦さんがポツリといった。「木にフシがあるのはあたりまえ。わしらはもっとのびのびと木を育てたいんだ」この言葉が印象的だった。

そして、わたし「富濱」の理論。戦後、経済発展がもたらす需要を見込んで植えた膨大な数の杉。その杉は実際には計画通りに使われることはなかった。日本の林業は外国産材との価格競争に敗れ、使われないまま山に残っている。そんなわけで日本の山は杉だらけ。
杉の生育に適さないところ(例えば河川敷や標高の高いところ)にまで植えられて、剣山(四国の2000メートル級の山)の山頂付近まで杉林がある。
林業経営を放棄した山では間伐もされずに密林化しているところもあるという。
数十年の間で変貌してしまった山の環境。バランスを失った生態系。
山の叫び声が花粉症というカタチに姿を変えて、私たち人間に警告を鳴らしているのではないだろうか?

 そのD

江戸時代の古民家

室内を見学

天井の太い梁

■植林ツアーに参加。その5 

山の景色を見ながらの昼食会も終了。参加者のみなさんともこれでお別れ、と思ったとき、江戸時代の古民家を見せてくれる、という話になった。

古民家は斜面を少し登ったところに建っていた。黒ずんだ建物の扉を開けて中に入る。そこは何となく懐かしい匂いがした。

明治時代前期、大工は四十数種類のカンナを使いこなして一軒の家を建てたという。当時のカンナは総て一枚刃だった。

明治時代後期に入ると、建築業界でも機械化が進み、大工の技術は急速に低下していった。一枚刃のカンナを使いこなせる職人が減少したため、現代の二枚刃が主流になったという。

この古民家はおそらく一枚刃のカンナを駆使して建てたものに違いない?
思っても見なかった場所で、日本の「ものづくり」文化に触れることができた。使い古した、何ともいえない木の感触をまたひとつ脳みそに刻み込んだ。このような体験の積み重ねが製品開発のヒントになったりする。

古民家に刺激されて、無性に奈良の正倉院に行きたくなった。正倉院の「あぜくら造り」はジャングルームの原点だから。

これで春の植林ツアーも終了。わたしたちは亀井さんにお礼をいって、植林現場を後にしました。参加者のみなさんは神戸へと、わたしはここから別行動で更に山を越えて高知方面に向かった。


 

 


 
TS WoodHouse 協同組合

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